僕の感覚を表現する舞台であり芝居小屋

インタビュー
Nakajima Noodle Act Japan
森下 誠
1971年生・石川県七尾市出身
辻調理師専門学校卒大阪の日本料理店にて修行その後、姫路市内のホテルで料理長として活躍・2016年9月石川県金沢市大手町に日本料理店「嬉ぐ」を構える・生粋の料理人
嬉ぐ(うらぐ)  https://www.uragu.jp

なにも変わらない

開店当初からやってる事は、そんなに変わっていないです。
変わったと言えば、お客さんの感覚が変わったように感じます。
それは、うちの店の料理に慣れ親しんで頂いたと言う事かも知れません。
僕のスタンスや味に慣れて頂いたと言う事なのでしょうか。
僕自信は、変えようと言う気も無いし、突飛な事をしようと思ってもいません。
ただ単に、おいしいものをお出しすれば良いのですから。
料理のスタイルも提示の仕方も、当初と何も変わらない。
考え方も変わらない。
変わってしまうと、もともとのコンセプトが変わっていくのでは無いかと思います。

等価であること

僕らの仕事は、皆さんの普段の食事の延長線上にあるものだと思っています。
有名なお店や高級店へいくと、ひそひそ話で隣の人と話しができないと言う空気が有るでしょう。
僕は、あれが嫌なんです。食事は、そう言うものではないと思います。
そこまで緊張して食べなければならない食事でしょうか。
日本料理の店と言うと、近寄り難い料亭とか、物静かな板前さんがやっているイメージを皆さんは、お持ちのようです。
高い器を使って、何々焼きの器に盛ってとイメージもされます。それに、値段の高い店が良い店だという感覚の人が多いですね。
でも、支払う金額に対して、料理が等価であるかどうかと言う事が本当だと思うのです。
その人が価値があると思ったら、あると言うだけの事です。

受け皿として

お客さんに「変わった料理をしているね」と言われる事があります。
日本料理の食材で日本料理の技術で作る洋食風の料理を皆さんは、創作だと言うのです。
都会では創作でも何でもありません。
日本料理の変形、あるいは違う筋の料理を提供しているだけです。
伝統を守りながら新しい事に挑戦する歌舞伎のように、
日本料理は、こうなっているのだと言う受け皿があっても良いと思うのです。

信頼関係を結ぶ

お客さんと信頼関係を結ぶには、普段からおいしい料理をちゃんと作って行くと言う事が一番です。
僕は、結局その原点に戻っていくのです。
原価を多く掛け、良い食材ばかりに拘ることより、質を落とさず淡々と仕事をして、信頼して貰えるようにしておかなければ駄目だと思います。
今のスタンスを崩してしまうとお客さんは意外とシビアで離れていきます。
「前は良かったのに、だんだん悪くなったよな」と言うのはよくあるパターンです。

本当の仕事は逆行する側

一から十まですべてやらなければならないのに、手順を端折る事が多い世の中です。
そんな仕事の仕方はプロでは有りません。
本当の仕事をしたいですね。
プロの仕事は、誰もが出来ない事の微妙なさじ加減をする事だと思います。
そして、自分がいないと成立しないと言う事が仕事なんだと思います。
ですから、僕にしか出来ない提示の仕方や表現する料理が、僕にとっての仕事であり流儀です。
今のご時世に大事な事は、時代に逆行する側にあるように思います。
そこに本来の姿があるように思います。

僕と芝居小屋

お店は、僕の感覚を表現する舞台であり芝居小屋です。
自分のやりたい事を提示出来る大切な場所だと思っています。
そして料理は、僕の頭の中のものを表現するものです。
今、振り返ると商売を始めたときから、自分自身にとって格好の悪い仕事をしてきたかと言うと、全くもってそうじゃない。
そう強く言えます。

記者の眼

森下氏は、拘りの人である。言いたがりでもある。
それだけに仕事に真摯に向き合い、提供する料理に欺しは無い。
ひとつひとつ、丁寧に下ごしらえをする彼の姿に手抜きなど無い。
それが彼が作り出す、けして高級過ぎない、優しく、ちょうど良い加減の日本料理に反映されるのだろう。
日本料理の技術をもって、皆が思いも付かない発想と提示でお客様を楽しませる。
森下氏は、お店を芝居小屋に例えた。彼にしか表現出来ない演技がある。
此処で演じて、お客様を楽しませる事が自分の仕事だと語った。
マーケティングの手法や商いの仕方は、世に幾つもある。
だが、そんな事はどうでも良い。
それを言う前に、原点に立ち戻り、当たり前の事を当たり前に行う事が先ず大事である。
場合によっては、時代に逆行する事も厭わない。